3ヶ月ほど前に、
アダムグラントさんの「GIVE & TAKE」を読んで
いたく感激した僕は、
「Giverになりたいんや!!!」
って強く思うようになりました。
でも、そもそも根っからのお人好しでもない僕が
いきなり
giver的思考を、無意識に
思い立ったらすぐに実践できるはずもなく、、、
どうしたら自分は少しずつ変わることができるかなと
ふと考えたりしています。
ある日の朝、
そのヒントをうちの娘から貰えた気がしたので、
そのことを徒然と。
次女はフルーツトマトが大好きです。
毎日の食卓にはだいたいある。
でも1パックくらいのトマトなら、
ぜーんぶ一人で食べてしまうんです(^^;)
当然、パパやママ、ねえねえのも横取り。
気が強いのか、ねえねえは譲ってばっかりで
よくケンカしていますが、
だいたい最後はとられてしまいます(;o;)
ただその日はいつもと違ったんです。
その日は、
いつもよりたくさんトマトが家にあって、
全部食卓に並んでいました。
並んだ途端、
我先にせっせと食べていた次女。
ここまではいつも通り。
でも、
一通り満足したのか、
食べる手を止めて、
突然
「これ、ねえねえにあげる」
と長女にトマトをあげたんです。
この滅多にない光景を目にした僕は、
そうか!
とひらめきました。(大袈裟な)
自分のような根っからのgiverでもない人間が、
giverになるためには、
まず自分がたっぷり満たされれていないと
なかなか継続できないのかも。と。
僕の「トマト」には
精神的余裕
社会的地位
金銭的余裕
などが相当していて、
それぞれあったほうが、
当然giver的精神を保ちやすいし、
実行に移しやすい。
逆に、
自分自身がカツカツの状態でも
他人をおもいやって行動できる人は
よっぽど人徳のある善良な人にしかできないのではないか?
はたして自分はそんなに人格的にできた人間か?
これまでの人生がそんな人間じゃないと言っています(笑)
まあ、考えてみれば当然というか
そりゃそうだろ!と言われてしまいそうですが。
次女を見ていたら、
この考えが、自然に頭をよぎったというか、
腑に落ちたんですよね。
僕が無理なくgiverになるためには、
・精神的に追い詰められていない
・金銭的にカツカツでは無い
・社会にある程度必要とされている存在であり続ける
ことが条件になるんじゃないかと思いました。
なんと贅沢な(^^;)
これが揃えば誰でもgiverになるでしょうね💦
でも
それを実現させていくために
そのためにどう生きていくか。
それを考え続け、行動し続けることが
自分自身を変える第一歩だと信じています。
まずは自分自身を満たして、
コップに溢れるほど満たされたら、
その分はむりせず、惜しみなく、周りに配る。
それが回り回って自分に帰ってきたり、
帰ってこなくても
与えることそのもので自分自身がさらに満たされたり、
周りの人が豊かになったりすれば、
そんな最高なことはないでしょう。
そんな人生にしたいものです。
自分というコップをまずは溢れるほど満たす。
そのために今いろいろ頑張っているんだ。
あとは、
"コップ"が大きくなりすぎないようにするのも
大事かもしれないですね。
「ローマは1日してならず」
「継続は力なり」
それでは、また。